クロストリジウムの中には炎症性腸疾患に有効な細菌がいる

炎症性腸疾患とは、異常な免疫反応が消化管内で起こり、慢性的に炎症が続く病気です。消化管内に潰瘍(粘膜が炎症を起こして剥がれ落ちること)を生じさせ、腹痛、下痢、血便などの症状が現れます。この炎症性腸疾患には、クローン病と潰瘍性大腸炎という二つの病気が該当します。

これらの疾患は、体内の免疫システムによって、自分の消化管が傷つけられる自己免疫疾患という種類の病気です。しかし、発症原因が解明されておらず、また完治する治療法も確立されていないため、厚生労働省から特定疾患(≒難病)に指定されています。

ただ、これまでの研究から、免疫反応を抑制することが症状緩和に有効ということがわかってきました。そして、免疫反応の抑制には酪酸菌が重要な働きをしていることも明らかになりました。

酪酸菌とは腸の中で「酪酸」という物質を作る細菌の総称です。この細菌は、酪酸の作用によって、腸の中で制御性T細胞という細胞を増やします。そして制御性T細胞は、異常な免疫反応を抑えるインターロイキン10というホルモンのような物質を作り出します。

つまり、「酪酸菌→制御性T細胞の増加→インターロイキン10の増加→異常な免疫反応の抑制」というメカニズムで、酪酸菌は免疫反応を抑えるのです。

この酪酸菌は、炎症性腸疾患の治療に繋がる可能性を秘めた魅力的な細菌です。そこで今回は、最近特に注目されている「酪酸を作り出すクロストリジウム目(もく)細菌」について解説していきます。

※ 「目」というのは腸内細菌を分類する単位の一つです。クロストリジウム目の中には、さまざな細菌が含まれます。

17種類のクロストリジウム目細菌が制御性T細胞を増やす

一般的に、クロストリジウムはインドールなどの腐敗物質を産生するため、悪玉菌に分類されることが多いです。中には、デオキシコール酸と呼ばれる発がん性物質や、ボツリヌス毒素という食中毒に関わる毒素を産生する細菌もいます。

ところが、クロストリジウム目細菌の中には酪酸を作るものがいます。そして2013年に、酪酸を作る17種類のクロストリジウム目細菌が炎症性腸疾患に有効であることが示されました。これについては、最も権威ある科学雑誌「Nature」に論文が掲載されています。

この論文を投稿したのは、日本の著名な腸内細菌研究者である本田賢也先生の研究グループです(当時の所属は理化学研究所)。

本田先生たちは、「無菌マウスに健康な人の便から分離された腸内細菌を食べさせる」という手法を用いて、制御性T細胞の数を増やすクロストリジウムを見つけました。

※ 無菌マウス: 胎児は無菌状態なので、帝王切開で生まれた赤ちゃんマウスを出産と同時にクリーンボックス内に移せば、無菌マウスとなります。

さらに、炎症性腸疾患を発症したマウスにこれらの細菌を食べさせることによって、症状が改善することも示しました。

この研究成果は多くの腸内細菌研究者や炎症性腸疾患研究者の注目を集めました。なぜなら、これら17種類のクロストリジウム目細菌は、マウスだけではなく人にも有効である可能性があるためです。そのことを調べるために、某大手製薬会社が炎症性腸疾患患者を対象とした臨床試験を計画しています(2016年3月現在)。

次に、同じく2013年に発表された別のクロストリジウムによる腸炎抑制効果について解説していきます。

クロストリジウム・ブチリカムによるインターロイキン10産生促進作用

2013年に、上記とは異なるクロストリジウムがインターロイキン10の産生を促して、免疫反応を抑制することが報告されました。

このことを一流科学雑誌「Cell Host & Microbe」に報告したのは、慶応大学・消化器内科医の金井先生です。

先生は酪酸菌であるクロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)が、マウスにおけるインターロイキン10産生を促すことを示しました。そして、それに伴って腸炎症状が改善することも明らかにしました。

興味深いことに、上述した17種類のクロストリジウムとは異なるメカニズムで作用していることが判明した。つまり、クロストリジウム・ブチリカムには、制御性T細胞を増やす機能はあまりなかったのです。

そして詳細に解析した結果、この細菌はマクロファージと呼ばれる別の免疫細胞に作用して、インターロイキン10の産生を促していることが示されました。

今回述べてきたように、一般的には悪玉と考えられていたクロストリジウムが、酪酸の産生を介して、炎症性腸疾患に有効であることが示唆されています。実際、動物実験においてはその有効性が示されています。そのため、万一炎症性腸疾患に罹患した場合は、サプリメントなどを利用して酪酸菌を摂取することが有効である可能性があります。



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