腸内細菌が作る物質と自閉症スペクトラム障害との関係

腸内細菌はお腹の中でさまざまな物質を作っています。それらの物質は血流を介して全身を巡るため、腸内細菌は体全体の健康状態に影響します。

そのため、腸内環境の悪化がさまざまな疾患の原因になることがあります。今回紹介する「自閉症スペクトラム障害」も、腸内細菌の関与が指摘されている疾患です。

自閉症スペクトラム障害とは、コミュニケーション能力の低下などの「社会性障害」や、手をひらひらさせたり奇声を上げたりするなどの「行動障害」が主な症状として表れる疾患です。また、「腸管異常(腸炎など)」や「免疫調節異常(アトピーなど)」のような身体的症状を併発することが多いという特徴があります。

この病気は英語で “Autism Spectrum Disorder” と表すので、頭文字をとって「ASD」と略されます。

ASDは複雑な疾患であるため、さまざまな原因が考えられてきましたが、詳細な発症メカニズムは解明されていません。ただ、腸内細菌が何らかの関与をしているということが、徐々に明らかにされてきました。

2013年には、「腸内細菌が作る物質によりASDが引き起こされる」ということが示されました。この研究成果は超一流科学雑誌「Cell」に掲載されました。

腸内細菌が作る物質が、腸から遠く離れた脳に作用することを示した興味深い内容でしたので、簡単に紹介します。

※ 参考文献:Cell, 2013, 155, 1451
※ 分かりやすくするため、論文の記載内容を少し変更して解説しているところがあります

腸内細菌が作る自閉症スペクトラム障害(ASD)の原因物質

論文に記載された内容を要約すると以下のようになります。

① ASDを発症したマウス(ASDマウスと呼びます)と健康なマウスの腸の様子を比較しました。すると、ASDマウスでは「腸内の物質が血液中に取り込まれやすい状態」になっていました。

② そこで、ASDマウスと健康マウスの血液中成分の比較を行いました。すると、ASDマウスでは「4-エチルフェニル硫酸(4EPSと略します)」という物質が健康マウスの46倍にも増えていました。

③ 4EPSを健康マウスに注射するとASDの症状が表れました。

①について
妊娠中の母親マウスにウィルスの体内成分を注射することにより、ASDマウスが生まれやすくなります。実際、人の場合でも「妊婦のインフルエンザウィルス感染は子供のASD発症リスクを上げる」と言われています。

また「腸内の物質が血液中に取り込まれやすい状態」は専門的に「リーキーガット症候群」と呼ばれる状態です。普通は排泄される物質さえも体内に取り込んでしまうことがあります。

※ リーキー(leaky)とは「漏れやすい」という意味です。情報が外部に漏れることを「情報がリークする」と言います。「漏れる」という意味では同じですが、リーキーガットの場合は「腸管内から血液中へ漏れる」という意味です。

※ ガット(gut)とは「腸、消化管」という意味です。

腸内環境が悪化するとリーキーガット症候群になりやすいと言われています。逆に、腸内をビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌優位な状態に整えておくことで、リーキーガットを防ぐことができます。

②について
4EPSに非常によく似た物質としてp-クレジル硫酸という物質があります。

これはチロシンというアミノ酸を原料にして腸内細菌により作られる物質です(実際には肝臓の酵素も関与します)。血管、心筋、腎臓などに悪影響を与えるため、腸内細菌が作る毒素と言えます。


p-クレジル硫酸とよく似ているため、4EPSも毒素である可能性が高いです。そしてp-クレジル硫酸と同じように、腸内細菌によってアミノ酸から作られると推測されています。そのため、タンパク質の摂りすぎは4EPSの産生を促す可能性があります。

③について
「4EPSがASDを発症させる」ということが動物実験で示されました。ただ、上述のとおりASDはかなり複雑な疾患です。そのため、この結果が人にも当てはまるかどうか分かりません。また腸管異常が認められないASD患者も半数以上いるため、4EPSだけが原因ではありません。

自閉症スペクトラム障害(ASD)に有効な腸内細菌

論文中では、ASDの症状改善に有効な腸内細菌についても記載されていました。それはバクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)と呼ばれる腸内細菌です。

この細菌をASDマウスに食べさせたところ、リーキーガットの改善、血中4EPS濃度の低下、ASD症状の改善が確認されたのです。

バクテロイデス・フラジリスは人のお腹の中にもいる腸内細菌です。昔は「悪玉菌」と考えられていましたが、悪い作用だけでなく良い働きもすることが少しずつ明らかになってきました。

ASDにおいてもバクテロイデス・フラジリスが有効であることが動物実験で示されたことから、今後もこの細菌の研究が進められると思います。

以上のように、腸内細菌がASDの発症や予防に関わっていることが示されています。特にリーキーガット症候群はASD発症の引き金にもなり得るので注意が必要です。私たちにできる予防策としては、腸内環境を整えてリーキーガットを防ぐことです。また、4EPSの原料となる「タンパク質の過剰摂取」を避けることも有効である可能性があります。



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