抗生物質を服用するときは「菌交代症」に注意

この記事のポイント

私たちのお腹の中には100兆個以上もの腸内細菌がいます。その中には、病原性を示すものが少なからず存在します。ただし、腸内環境が健全に保たれている場合は、善玉菌が作る酢酸などの影響により、これらの病原性細菌の活動は抑制されています。

しかし、抗生物質を服用すると、多くの腸内細菌が殺菌されてしまいます。もちろん善玉菌も例外ではありません。このとき、もし善玉菌などに抑制されていた病原性細菌が「抗生物質の効かないタイプ」だった場合、どうなるでしょうか?

今回は、「菌交代現象」や「菌交代症」について解説しながら、この疑問に答えていきます。


【筆者】山口 幸三

  • 2003年:北海道大学農学部 卒業
  • 2005年:北海道大学大学院農学研究科 修士課程 修了
  • 2005年~2017年:協和発酵工業株式会社(現 協和キリン株式会社)
    がんや腸内細菌に関するプロジェクトのサブリーダーとして研究を牽引。
  • 2019年:株式会社フローラボ設立
腸内環境に関する専門知識を背景に腸活関連の事業を推進。現在は、腸内フローラ解析にもとづいたパーソナル腸活(その人に合った腸活)のサポート、腸活ダイエットのサポート、腸活勉強会の主催などを行っている。


1.「菌交代現象」「菌交代症」とは?


抗生物質を飲むと多くの腸内細菌が殺菌されます。ただし、抗生物質が効かないタイプの細菌も存在するため、すべての腸内細菌が死んでしまうわけではありません。

また、抗生物質の影響で特定の細菌が活発に活動(=増殖)し始めることも稀にあります。この細菌の活動を抑制していた周りの細菌がいなくなったり、この細菌が耐性(抗生物質に抵抗する力)を身につけたりするためです。

このように、通常であれば増殖することのない細菌が、抗生物質の影響で急増してしまうことを「菌交代現象」といいます。

また、菌交代現象で増殖した細菌が病原性細菌だった場合、健康が害されることになります。このように、菌交代現象によって生じる病気を総称して「菌交代症」といいます。

菌交代症は重篤な症状に発展することもあるため、抗生物質を服用するときは、菌交代症に十分注意しなければなりません。

2.代表的な菌交代症

代表的な菌交代症として「クロストリジウム・ディフィシル感染症」があります。また、その他の菌交代症として「抗生物質起因性出血性大腸炎」や「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌腸炎」があります。なかなか難しい名前ですが、いずれも菌交代現象が原因で生じる腸炎です。

これらの病気はそれぞれCDI、AAHC、MRSA腸炎と略されるので、この記事でもそのように略すことにします。

※ CDI: クロストリジウム・ディフィシル感染症を表す“Clostridium difficile infection” の略
※ AAHC: 抗生物質起因性出血性大腸炎を表す“antibiotic-associated hemorrhagic colitis” の略
※ MRSA: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌を表す“methicillin-resistant Staphylococcus aureus”の略

2-1.クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)

CDIの主な症状は、下痢、粘性のある便、腹痛、吐き気、発熱などです。場合によっては、偽膜性(ぎまくせい)腸炎という重篤な症状に発展することもあります。

偽膜性腸炎
(画像は 医学のあゆみ, Vol.251, No.1, p.86より)

また、病名から推測できるとおり、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)という細菌の異常増殖が原因で発症します。この細菌は常に私たちのお腹の中にいる「常在菌」です。そのため、誰でもCDIを発症する可能性を抱えていると言えます。

ただ、ほとんどのCDIは、入院中の抗生物質の服用が原因で発症します。これは、「手術」や「免疫抑制剤の使用」などの処置がCDI発症と関係しているからです。そのため、特に入院中に抗生物質を服用する場合は注意が必要です。


2-2.抗生物質起因性出血性大腸炎(AAHC)

AAHCはペニシリン系やセフェム系と呼ばれる抗生物質を服用したときに発症する可能性のある菌交代症です。突然の腹痛やトマトジュースのような血液の混じった下痢が症状として表れます。また、大腸内にも出血している様子が確認されます。

AAHCの大腸内の様子
(参照:New Engl J Med


AAHCはCDIと違って、命の危険を伴うことはありません。ほとんどの場合、原因となっている抗生物質の使用を中止すれば症状は改善します。


2-3メチシリン耐性黄色ブドウ球菌腸炎(MRSA腸炎)

MRSA腸炎は、手術後の高齢患者がペニシリン系やセフェム系の抗生物質を使用した場合に発症することがあります。発熱や腹痛の他、米のとぎ汁のような白色の下痢が特徴的な症状として表れます。重症化することもあるため注意が必要です。

MRSA腸炎患者の腸内
(参照:Emerg Infect Dis


このように、菌交代症の中には重症化するものもあります。AAHCとMRSA腸炎にかかる人は減少傾向にありますが、CDIに関しては毎年患者数が増加しているので、今後も注意が必要です。

3.菌交代現象が生じる要因

3-1.抗生物質と薬剤耐性菌の関係

抗生物質とは、「微生物(細菌やカビ)の増殖を抑制したり殺菌したりする薬」です。世の中にはさまざまな種類の抗生物質があり、微生物に対する作用の仕方も多種多様です。

例えば、「細菌の持つ特殊な細胞壁の合成を阻害する」というタイプの抗生物質があります。上述のペニシリン系やセフェム系という抗生物質はこのタイプです。その他に、「細菌のタンパク質合成を阻害する」というタイプや「DNAの複製を阻害する」というタイプの抗生物質もあります。

このように、医療現場ではさまざまな種類の抗生物質が使用されています。このとき、注意しなければならないのが、中には「抗生物質が効かないタイプの微生物がいる」ということです。

抗生物質が効かない原因としては、「微生物が抗生物質を分解したり別の物質に変換したりする」、「微生物が抗生物質を体の外に排出する」、「微生物の遺伝子が変異する」などが挙げられます。

そして、このような抗生物質が効かない微生物のことを、「薬剤耐性菌」あるいは単に「耐性菌」といいます。

抗生物質を服用した場合、多くの腸内細菌が死ぬ一方で耐性菌は生き残るので、一時的に腸内細菌バランスが崩れます。ただし、普通は抗生物質の使用をやめると元のバランスに戻ります。逆に言うと、腸内細菌バランスが元に戻らないときに菌交代現象が生じるのです。

3-2.腸内細菌バランスが元に戻らなくなる要因

抗生物質を服用する際に、「免疫抑制剤を使用している」「手術などを行って抵抗力が落ちている」「多種類の微生物に効く抗生物質を長期間飲んでいる」などの状況が重なると、腸内細菌バランスが元に戻らず菌交代現象が生じることがあります。

免疫抑制剤を使用すると、体の免疫力が落ちます。そのため、悪い細菌が体内で増殖しやすくなります。手術で抵抗力が落ちている場合も同じです。また、多種類の微生物に効く抗生物質を長期間飲んでいると、薬剤耐性菌が発生しやすくなるのです。

そして、「免疫抑制剤の使用」や「手術」などは入院して行われることが多いため、これらの菌交代症は入院患者に発症することが多いです。したがって、入院中に抗生物質を服用する際は特に注意が必要です。

ただ、患者側で注意できることは、「医師の指示に従うこと」と「症状が出たらすぐに医師に伝えること」くらいしかありません。

自分で勝手に抗生物質の服用量を減らしたり、途中で服用を中止したりすると、耐性菌が生まれることがあります。薬の服用に関しては必ず医師の指示に従ってください。

そして、何らかの体調変化あった場合はすぐに医師に伝えることが重要です。そうすることによって、重症化する前に対処することができます。

4.まとめ

  • 抗生物質を飲むと、稀に「抗生物質が効かない細菌」が急増することがある。これを「菌交代現象」という。
  • 菌交代現象によって生じる病気を「菌交代症」という。菌交代症は重症化することもあるため、注意が必要である。
  • 抗生物質を飲むときは医師の指示に従わなければならない。また、服用後に体調が変化した場合は、すぐに医師に伝えるべきである。



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