驚異の治療法「便移植」がクロストリジウム・ディフィシル感染症克服の鍵


菌交代症(抗生物質が原因で腸内細菌バランスが崩れて発症する病気)の中で、「クロストリジウム・ディフィシル感染症」はもっとも重篤な疾患です。重症化すると、偽膜性腸炎(ぎまくせいちょうえん)という腸炎を発症し、最悪の場合は死に至ってしまいます。


(画像は 医学のあゆみ, Vol.251, No.1, p.86より)


実際、アメリカでは毎年50万人がCDIを患い、3~5万人が亡くなっています。また、日本では毎年10万~18万人がCDIを患っており、その患者数はアメリカ同様、増加傾向にあります。

ここでは、クロストリジウム・ディフィシル感染症に対する従来の治療法と、2013年に報告された画期的な治療法について解説していきます。

※ クロストリジウム・ディフィシル感染症(Clostridium difficile infection)は「CDI」 と略されることが多いので、この記事でもそのように略します。

<参考記事>
クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)の特徴と発症メカニズム


【筆者】山口 幸三

  • 2003年:北海道大学農学部 卒業
  • 2005年:北海道大学大学院農学研究科 修士課程 修了
  • 2005年~2017年:協和発酵工業株式会社(現 協和キリン株式会社)
    がんや腸内細菌に関するプロジェクトのサブリーダーとして研究を牽引。
  • 2019年:株式会社フローラボ設立
腸内環境に関する専門知識を背景に腸活関連の事業を推進。現在は、腸内フローラ解析にもとづいたパーソナル腸活(その人に合った腸活)のサポート、腸活ダイエットのサポート、腸活勉強会の主催などを行っている。

これまでのCDI治療法:抗生物質と腸洗浄


CDIに対する標準的な治療法は、バンコマイシンやメトロニダゾールという抗生物質の投与です。また、抗生物質に加えて腸の洗浄を同時に行うこともあります。しかし、いずれの場合も治癒率は50%程度と、満足できる治療成績ではありません

※腸の洗浄:マクロゴールという薬剤で排便を促進します。これは、大腸内視鏡検査を行う前にも用いられる薬です。


さらに、一時的に治癒したように見えても、再発することが多いのもCDIの特徴です。再発すると治癒率はさらに低下することから、患者や医療関係者をずっと悩ませてきました。

このような状況だったため、2013年に報告された画期的な治療法は世界中の注目を集めることとなりました。


画期的なCDI治療法:便移植


2013年、CDIに対する画期的な治療法が、「New England Journal of Medicine」という臨床医学系の一流科学雑誌に掲載されました。(参考文献:N Engl J Med, 2013, Vol.368, p.407

その治療法は、「便細菌叢移植」(べんさいきんそういしょく)あるいは単に「便移植」と呼ばれるものです。

医療現場で「移植」と言うと、骨髄移植や臓器移植を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、今回紹介する移植では、そのような体にとって重要なものを扱いません。

むしろ、私たちが毎日不要なものとして排泄している「便」を扱うのです。つまり、便移植とは「ドナーのうんちを患者さんのお腹の中に移植する」という驚きの治療法なのです。



この驚異的な治療法をCDIが再発した患者さんに試したのは、オランダ・アムステル大学の若手医師でした。そして、衝撃的な結果が得られたのです。なんと16名の患者さんのうち、15名が再発することなく治癒したのです。16名中15名なので、治癒率は約94%になります。


参考文献「N Engl J Med」の図を一部編集)


抗生物質による治癒率が30%前後であることを考えると、便移植がいかに効果的な治療法であるかわかります。

この論文報告は瞬く間に世界中に広がり、多くの病院に取り入れられました。日本も例外ではありません。日本のいくつかの大学病院では、便移植が実際に行われています。しかも、CDIだけに限らず、他のさまざまな病気(潰瘍性大腸炎や過敏性腸症候群など)にも応用されているのです。


「便移植」は合理的な治療法である


ここで今一度、健康な人の腸内環境がどうなっているか振り返ってみましょう。

CDIの原因となるクロストリジウム・ディフィシルは、健康な人の腸にも存在する「常在菌」です。


(参照:ヤクルト中央研究所 菌の図鑑


しかし、善玉菌を含む周りの多様な腸内細菌が、クロストリジウム・ディフィシルの働きを抑制しています。そのため、健康な人がCDIになることはありません。

ただ、手術後などで体力が落ちている高齢者や免疫抑制剤などを使用して免疫力が落ちている人の場合、抗生物質を服用すると菌交代現象(腸内細菌バランスが崩れて、抗生物質が効きにくいタイプの細菌が増えること)によって、CDIが発症することがあるのです。

この原点に立ち返ると、「善玉菌を含む多種多様な腸内細菌を大量に腸の中に送り込む」という便移植は、極めて合理的な治療法であると言えます。

しかし、この治療法を開発したNieuwdorp先生は、このような合理的な考えに基づいてこの治療法を考えたわけではなさそうです。彼がこの治療法に辿り着いたきっかけは、「患者を助けたい」という思いで過去の治療法を調べ、1958年の論文を見つけたことでした。

その論文には既に便移植の有効性が記載されていました。ただ、対象患者が4人と少なかったり、他の治療法と比較していなかったりしたため、世間からあまり注目されなかったようです。

Nieuwdorp先生は、この1958年の論文を参考にして、改めて便移植の有効性を示したのです。そして、従来の治療法と比べて圧倒的に良い治療成績を示したことで、便移植は世界中に広まったのでした。


まとめ

  • CDIは重篤な症状に発展することもあるため、注意が必要な疾患である。
  • CDIに対する従来の治療法はバンコマイシンの投与や腸洗浄である。ただ、治療成績はあまり高くない。また、CDIが再発すると、治癒率はさらに低下する。
  • 「便移植」は従来の治療法に比べて圧倒的に治療成績が高い。
  • 健康な人の腸内細菌を移植する「便移植」は、とても合理的な治療法である。

今回は、CDIの画期的に治療法である「便移植」について解説してきました。私たちが毎日「不要なもの」として排泄している「便」が、病で苦しんでいる患者さんの治療に役立つ可能性があるのです。

「便移植」という治療法に驚いた人も多いでしょう。しかし、何よりすごいのはその効果です。つまり、腸内細菌が持つ人体への影響力です。このことを認識すると、腸内環境を健全に保つことがいかに大事か理解できると思います。



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