炎症性腸疾患における治療戦略

炎症性腸疾患とは、異常な免疫反応が消化管内で起こり、慢性的に炎症が続く病気です。消化管内に潰瘍(粘膜が炎症を起こして剥がれ落ちること)を生じさせ、腹痛、下痢、血便などの症状が現れます。クローン病と潰瘍性大腸炎という二つの病気が炎症性腸疾患に該当します。

これらの疾患の発症原因は解明されておらず、また完治する治療法も確立されていません。そのため、厚生労働省から特定疾患(≒難病)に指定されています。

ただ、これまでの研究から、免疫反応を抑制する薬が有効であることが分かっています。最もよく効くと言われているのが、TNFα(炎症促進作用のあるホルモンのような物質)の効果を打ち消す医薬品です。これは抗体医薬品という種類の薬で、体内で異常な働きをしているTNFαに結合して、その働きを抑えます。

そのほかにも、免疫抑制剤という種類の薬やステロイド剤なども有効です。これらはいずれも過剰な免疫反応を抑制する働きがあります。

ただ、副作用の観点から、最初に処方される薬は消炎鎮痛効果を示すメサラジンという成分を含む薬剤であることが多いです。

ここではこれらの薬を用いた治療戦略について概要を述べたいと思います。これを学ぶことで、万が一これらの疾患に罹患したとしても、医師の治療方針を理解することができます。

寛解導入と寛解維持

ローン病と潰瘍性大腸炎には、消化管に炎症が生じて症状が表れる「活動期」と、炎症が治まって症状のない「寛解期」が繰り返されるという特徴があります。

そのため、活動期には病状を抑えて寛解に導くための治療が行われます。これを寛解導入療法といいます。

一方、寛解期にある場合は、病気の再燃を防ぐために、予防的に薬が処方されます。これを寛解維持療法といいます。炎症性腸疾患は完治するのが難しく、寛解したとしても数ヶ月~1年以内に多くの人が再燃してしまいます。そのため、寛解導入療法だけでなく、寛解維持療法も極めて重要な治療法です。

ステップアップ治療とトップダウン治療

ステップアップ治療というのは、効き目の弱い薬から使い始めて、徐々に効果の強い薬に切り替えていく治療法です。この場合、最初はメサラジンという有効成分を含む薬が使用されます。メサラジン製剤で効果が得られなかった場合は、副作用に注意が必要な免疫抑制薬やステロイド剤を使用することになります。

一方、トップダウン治療というのは、その逆で、最初から効果の強い薬を使って早期に治療することを目指す治療法です。

炎症性腸疾患に限らず、現在はステップアップ治療が行われることが多いです。ただ、将来的にはトップダウン療法が増えてくるのではないかと考えられています。


それでは具体的に使用される薬について述べていきます。

メサラジンを含む薬:ペンタサとアサコール

メサラジンという成分を含む薬として「ペンタサ」と「アサコール」という二つの薬があります。同じ有効成分を含む薬なのに、なぜ二種類あるかというと、これらは消化管の中で作用する部位が異なるからです。

普通、口から飲んだ薬は、小腸で吸収された後、血液中に取り込まれて全身を巡ります。ところが、炎症性腸疾患の主な病変部位は全身ではなく腸にあります。クローン病であれば小腸後半に、潰瘍性大腸炎であれば、大腸後半に発症することが多いです。

そのため、薬の有効成分を病変部位に適切に作用させるためには、できるだけ小腸前半で吸収されないほうが効率的です。

そこで、ペンタサやアサコールという薬が生まれました。つまり、これらはメサラジンを特殊な物質でコーティングし、小腸前半で吸収されないように設計されているのです。

ペンタサは小腸前半、アサコールは大腸前半で有効成分が溶け出るため、病変部位に応じて適切な薬剤を選択する必要があります。一般的に病変部位の特徴から、クローン病ではペンタサが、潰瘍性大腸炎ではアサコールが使われることが多いです。

ステロイド剤と免疫抑制薬

ステロイド剤も免疫抑制薬も過剰な免疫反応を抑制する薬です。それぞれ複数の種類があり、その中から医師の判断によって使い分けられますが、共通しているのは副作用に注意が必要ということです。

ステロイド剤は炎症性腸疾患の治療にはかなり有効だといわれています。ただし長期間の使用は、顔が丸くなる(ムーンフェイスといいます)、ニキビが増える、感染症にかかりやすくなるといった副作用の懸念があります。

さらに、使用し続けるとやがて効きにくくなる場合もあります。そのため、症状が改善したら、減量あるいは中止する必要があります。

免疫抑制剤はステロイドを減量する場合や、ステロイドが効かなくなった場合に使用されることがあります。寛解維持を目的に使用されることもあります。

ステロイドと同じく、感染症や腎障害といった副作用が生じる場合があるため、注意が必要です。また、タクロリムスやシクロスポリンといった免疫抑制剤のように、副作用を避けるために、使用期間が制限されている薬もあります(前者は3ヶ月以内、後者は2週間以内)。

TNFαの働きを抑制する抗体医薬品

TNFαというのは免疫反応を促進するホルモンのような物質です。そして、この働きを抑えることで異常な免疫反応が抑制され、炎症性腸疾患の症状緩和に繋がることが知られています。

そして、このような働きをする薬として抗体医薬品という種類の薬が知られています。具体的には「レミケード」や「ヒュミラ」と呼ばれる医薬品です。

抗体というのは、体に入ってきた異物に結合して排除してくれるタンパク質のことです。そして、上記の抗体医薬品は、体内で異常に働いているTNFαを認識・結合する抗体です。この働きによって血液中のTNFαが除去され、炎症が抑えられます。

この抗体医薬品は非常に有効だといわれていますが、一つ懸念があります。それはかなり高価だということです。一般的に、抗体医薬品はその他の医薬品よりも価格が高くなります。なぜなら製造が難しく、多大な労力がかかっているためです。

ただ、クローン病も潰瘍性大腸炎も特定疾患に指定されているため、公費の補助が受けられます。したがって、国の医療費負担は大きくなりますが、患者の自己負担はほとんどありません。

今回述べてきたように、炎症性腸疾患には様々な治療戦略があります。現時点で完治は難しいですが、抗体医薬品などの画期的な医薬品も開発されているため、将来的には完治に繋がる治療法が開発されることが期待されます。

しかし、患者自身にとっても日本の医療経済にとっても、炎症性腸疾患に罹患しないことが重要です。この病気の発症原因に遺伝的な要因があるのは確かですが、それ以外にも腸内環境の関与も指摘されています。そのため、普段から食生活や生活習慣に気をつけて、腸内環境を健全に保つことが重要です。



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