これらの疾患の発症原因は解明されておらず、また完治する治療法も確立されていません。そのため、厚生労働省から特定疾患(≒難病)に指定されています。ただ、完治に至らないまでも、有効な治療法は確立されています。また原因もある程度は解明されています。
ここでは炎症性腸疾患の病態と治療法を理解する上で重要となる「炎症」という状態について解説します。また、炎症に重要な役割を担っている炎症性サイトカインという物質と腸内細菌との関係についても述べていきます。
炎症は生体に備わっている免疫反応
何らかの原因で細胞が傷ついたとき、生体にはその原因を取り除いたり、傷害で死んでしまった細胞の残骸を除去したりする仕組みが備わっています。このようなプロセスのことを「炎症」と呼びます。そして、炎症には炎症性サイトカインと呼ばれるホルモンのような物質が重要な役割を担っています。炎症性サイトカインは「免疫に関わる細胞」から分泌される物質で、さまざまな免疫反応を引き起こします。
例えば、炎症性サイトカインはマクロファージ(体内の異物を食べる免疫細胞)を刺激してその働きを強めたり、異常な細胞に働きかけて細胞死を引き起こしたりします。
ここで大事なのは、「サイトカインには炎症を促進するものと抑制するものがある」ということです。言い換えると、サイトカインの分泌量に異常があったり、サイトカインが正常に働かなかったりすると、異常な免疫反応が引き起こされます。
そして炎症性腸疾患では、正常であれば炎症が起こらなくても良い消化管の中で、炎症が慢性的に続いてしまっているのです。
炎症性腸疾患の病態と治療に関わるサイトカイン
炎症性サイトカインにはいくつも種類があります。そのうち、炎症性腸疾患に関与しているのは、インタロイキン6、TNFα、インターロイキン10と呼ばれるものです。このうち、インターロイキン6とTNFαは炎症を促進し、インターロイキン10は炎症を抑制する働きがあります。実際、炎症性腸疾患患者の血液や腸管粘膜では、インターロイキン6とTNFαの濃度が上昇しています。そして、これらのサイトカインが異常に免疫反応を促進するため、消化管の中に潰瘍などが生じてしまいます。
これらの炎症性サイトカインのうち、炎症性腸疾患の治療を考える上で重要なのはTNFαです。TNFαの働きを抑制する薬が、炎症性腸疾患に対してよく効くからです。なお、この薬は抗体医薬品という種類の薬になります。
抗体というのは、体に入ってきた異物に結合して排除してくれるタンパク質のことです。そして、この性質を利用したのが抗体医薬品です。炎症性腸疾患の場合、「体内で異常に分泌されているTNFα」を認識・結合する抗体を点滴で投与します。すると、血液中のTNFαが除去されるため、炎症が抑えられます。
腸内細菌と炎症性サイトカイン
炎症性腸疾患において、なぜ炎症性サイトカインが異常に分泌されるかはっきり分かっていません。ただ、これには腸内細菌が関与している可能性が指摘されています。例えば、潰瘍性大腸炎では、腸粘膜の中にフソバクテリウム・バリウム(Fusobacterium varium)という細菌が侵入していることが知られています。
そして、粘膜内でTNFαの産生を促進していることが確認されています。また、この細菌はTNFαの産生促進だけでなく、腸の細胞を直接傷害することも知られているため、複数の作用で病態に関与していると考えられます。
また、クローン病においては、腸粘膜の中に接着性侵入性大腸菌という種類の大腸菌が侵入してきています。そしてこの大腸菌が侵入すると、インターロイキン6やTNFαなどのサイトカイン産生が促進されることも確認されています。
このように、炎症性腸疾患は異常な免疫反応が消化管内で起こる疾患です。そして、それにはTNFαなどの炎症性サイトカインが密接に関与しています。また腸内細菌がこれらの炎症性サイトカインの産生に関係している可能性もあります。
もちろん腸内細菌だけが原因とは限りませんが、腸内細菌と炎症性サイトカインの関係が詳細に解明されることで、新たな治療薬開発に繋がる可能性があります。