酪酸菌による免疫抑制作用は炎症性腸疾患の症状を緩和する

炎症性腸疾患とは、異常な免疫反応が消化管内で起こり、慢性的に炎症が続く病気です。消化管内に潰瘍(粘膜が炎症を起こして剥がれ落ちること)を生じさせ、腹痛、下痢、血便などの症状が現れます。炎症性腸疾患には、クローン病と潰瘍性大腸炎という二つの病気が含まれます。

※ 炎症性腸疾患は英語で “inflammatory bowel disease” と表すため、「IBD」と略されることがありますが、ここでは略語は使わずに解説していきます。

これらの疾患の発症原因は解明されておらず、また完治する治療法も確立されていません。そのため、厚生労働省から特定疾患(≒難病)に指定されています。

ただ、これまでの研究から、炎症性腸疾患の症状緩和には免疫反応を抑制することが有効であることが分かっています。実際、治療薬として使われる薬の多くは、免疫抑制作用のあるものです。

しかし、本来であれば薬に頼らなくても、生体内の免疫システムが正常に機能して、過剰な免疫反応を抑えてくれます。ただ、炎症性腸疾患では、何らかの要因でこのシステムが破綻してしまっているため、過剰な免疫反応が抑制されず、炎症が発症してしまうと考えられています。

このことから、適切に免疫反応を抑制できれば、症状を改善できることが予想されます。そして、免疫反応を抑えるために必要な物質がインターロイキン10という物質です。これは免疫抑反応を抑える働きのある重要な物質です。

ここでは、インターロイキン10の働きと腸内細菌との関わりについて解説していきます。これを学ぶことで、善玉菌である酪酸菌がなぜ炎症性腸疾患に有効なのか理解できるようになります。

インターロイキン10は過剰な免疫反応を抑制する

免疫反応というのは、私たちの体に備わっている「体内に侵入した異物を排除する」という防御機能です。つまり、私たちの体は、体内で作られた抗体が異物と反応したり、免疫細胞がそれらを直接攻撃したりすることによって、健康が保たれています。

私たちの体に備わっている免疫システムはかなり厳密に制御されています。そして、過剰な免疫反応が起きないように、抑制するような物質も体内で作られます。それがインターロイキン10などのホルモンのような物質です。このインターロイキン10は、さまざまな免疫細胞に働きかけて免疫反応を抑制します。

このように、体の中の免疫反応は本来厳密にバランスが調節されています。

ところが、このようなバランスが崩れてしまうと、自分の細胞を異物と認識したり、過剰な免疫反応が継続したりすることによって、自分の細胞が傷つけられることがあります。これが自己免疫疾患と呼ばれるものです。そして、炎症性腸疾患はこの自己免疫疾患に該当します。

実際、インターロイキン10の遺伝子に変異があると、炎症性腸疾患に罹患しやすいことが分かっています。

これらのことから、消化管内でインターロイキン10を増やせば炎症性腸疾患の症状緩和に繋がるということが理解できます。そして、インターロイキン10産生に深くかかわっている腸内細菌がいることも知られています。それらのことについて以下に述べます。

炎症性腸疾患患者で共通して減少している酪酸菌

炎症性腸疾患患者では、ファーミキューテス門の細菌が減少し、プロテオバクテリア門の細菌が増加することが知られています。

※ 「門」というのは細菌を分類する単位のひとつです。腸内細菌は大きく4つの門、つまりバクテロイデス門、ファーミキューテス門、アクチノバクテリア門、プロテオバクテリア門に分類されます。

ファーミキューテス門の中でも特に、フィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(Faecalibacterium prausnitzii)という酪酸菌の減少が多くの患者で共通して確認されています。その他にもルミノコッカス・トロクエス(Ruminococcus torques)やロセブリア・イヌリノボランス(Roseburia inulinivorans)などの酪酸菌も減少していることが報告されています(2015年に開催された日本消化吸収学会という学会での報告)。

このように炎症性腸疾患の患者では、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう:腸内細菌全体のバランスのこと)に占める酪酸菌の割合が顕著に減少しています。

そして、この酪酸菌が腸管内でインターロイキン10の産生を促すことが知られています。このことから、炎症性腸疾患の患者では 『酪酸菌の減少→腸管内におけるインターロイキン10の減少→免疫抑制作用の低下→慢性的な炎症』 という機序で、炎症性腸疾患が発症している可能性があります。

またこのことから、酪酸菌の摂取が炎症性腸疾患の症状緩和に有効であることが予想されます。以下に、酪酸菌がどのようにインターロイキン10の産生促進に関わっているか述べていきます。

酪酸は制御性T細胞を介してインターロイキン10を産生する

体には多種の免疫細胞が備わっています。例えば、異物を認識したり、抗体を作ったりする細胞などが該当します。中には、インターロイキン10を産生して免疫反応を抑制する細胞もあります。このような細胞のうち最も代表的なのが制御性T細胞と呼ばれる細胞です。

※ T細胞というのは免疫反応を担う重要な細胞です。胸腺(英語で thymus といいます)という場所で作られるため、該当する英単語の頭文字をとって、T細胞と呼ばれます。

T細胞にも複数の種類がありますが、そのうち、免疫反応の抑制に関わっているのが制御性T細胞です。そして、酪酸菌が作る酪酸が、この制御性T細胞の数に関与していることが知られています。

そのことについて、酪酸化デンプンという特殊なデンプンを用いた研究を一つ紹介したいと思います。

酪酸化デンプンというのは、小腸の消化液では分解されず、盲腸や大腸において酪酸が遊離するように設計された特殊なデンプンです。このデンプンをマウスに与えると、普通の餌を与えたマウスと比較して、腸管内で制御性T細胞が増加することが確認されました。

さらに、制御性T細胞の増加に伴って、マウスの大腸炎が改善することも示されました。これらの研究成果は、2013年の一流科学雑誌「Nature」に論文として掲載されています。

このように、酪酸菌は、制御性T細胞の数を増やし、それに伴いインターロイキン10産生を促して、炎症性腸疾患の症状を緩和する働きがあります。少なくとも動物実験では、酪酸菌による症状改善効果が示されています。酪酸菌を含むサプリメントは既に市販されているため、万一炎症性腸疾患に罹患した場合は、服用を検討してみる価値があります。



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