その中でも、夏の魚介類から感染しやすい食中毒病原菌の一つに腸炎ビブリオがあります。
この細菌は食中毒の病原菌として日本で初めて発見されました。そして、毎年夏になると腸炎ビブリオによる食中毒が必ずどこかで発生しています。夏の食中毒として常に1~2位の症例数があるほど、腸炎ビブリオは身近な病原菌なのです。
そこで今回は、腸炎ビブリオの特徴、食中毒にかかったときの対処法、感染予防策などを解説していきます。夏の魚介類を安心して食べるためにも、内容をしっかりと把握しておきましょう。
腸炎ビブリオ食中毒の特徴
腸炎ビブリオがたくさん付着した食品(主に魚介類)を食べると腸炎ビブリオに感染します。腸炎ビブリオは酸に弱い細菌なので、体内に入った細菌数が少なければ胃酸ですべて死にます。しかし大量に体内に入ってしまったり、暴飲暴食によって胃酸が薄められていたりすると胃を通過して腸に感染してしまいます。
腸に感染した腸炎ビブリオは毒素を産生して体に悪影響を及ぼします。このような食中毒を専門用語で「生体内毒素型」の食中毒といいます。
腸炎ビブリオ食中毒の潜伏期間(症状が出るまでの期間)は2~24時間です。このように幅があるのは、体内に入ってきた細菌の数や体調によって変わるためです。
主な症状は、激しい腹痛と下痢です。また、発熱や嘔吐などもあらわれます。ただ、症状に関しても潜伏期と同様に個人差があります。
腸炎ビブリオとノロウィルスの比較
腸炎ビブリオの感染ルートは主に魚介類ですが、同じように魚介類が感染源となる病原体にノロウィルスがあります。これらは混同されることがあるので、それぞれの特徴を簡単に整理しておきます。
腸炎ビブリオ |
ノロウィルス | |
---|---|---|
病原体の正体 |
細菌 |
ウィルス |
感染しやすい時期 |
夏 |
冬 |
症状 |
激しい腹痛、下痢、発熱、嘔吐 |
腹痛、下痢、発熱、1日に複数回の嘔吐 |
感染力 |
弱い |
強い |
私の感染歴 |
なし |
あり(大変苦しいです) |
腸炎ビブリオは細菌ですが、ノロウィルスはウィルスです。ここでは詳細は割愛しますが、生物学的にはまったく違うものであることを理解しておいてください。
また、腸炎ビブリオとノロウィルスの活躍する時期は大きく異なります。腸炎ビブリオは夏に、ノロウィルスは冬に活発化するのです。これらに感染したときの症状はよく似ていますが、腹痛の激しさと嘔吐の頻度に違いがあります。
また、ノロウィルスは感染力が強いため、感染者の便や嘔吐物(ゲロのこと)の飛沫からも感染してしまいます。一方、腸炎ビブリオは基本的にはそのようなものからは感染しません。
なお、私は学生時代に牡蠣を食べて食中毒になってしまいました。感染時期や症状からノロウィルスであった可能性が高いです。そのときの経験からノロウィルスに感染したときの苦しさは十分理解しているつもりです。
一方、腸炎ビブリオに感染したことはまだないので、その苦しさがどの程度か現時点ではわかりません。
腸炎ビブリオに感染したときの対処法
腸炎ビブリオに限らず、食中毒になってしまったときの対処としては「脱水症状に注意する」「下痢止め薬は飲まない」「医療機関を受診する」の3点が重要です。脱水症状に注意する
水分だけでなく電解質(ナトリウムやカリウム)も補給しましょう。そのためにはスポーツドリンクなどをおすすめします。ただ、スポーツドリンクは糖分が多くナトリウムが少ないです。そのため、たくさん飲む場合は水で薄めて、少し塩分を加えてから飲むのが良いでしょう。
スポーツドリンクが手元にない場合は、応急処置として水500mLに砂糖10~20g、塩1.5gを混ぜたものを作って飲んでください。これはテレビ番組でも放送されていた水分補給のためのレシピになります(経口補水液といいます)。また味噌汁を飲んでも構いません。
下痢止め薬は飲まない
お腹の中にある毒素や病原体を体外に排出するためにも、下痢止め薬は飲まない方がよいです。しっかりと水分と電解質を補給しながら、便意をもよおしたら我慢せずに排便しましょう。医療機関を受診する
腸炎ビブリオ食中毒は1~3日で自然に回復することが多いです。しかし、過去には死亡例もあります。また腸炎ビブリオが体内で産生する毒素は心臓にも悪影響を与えます。そのため、高齢者や体力の弱っている人は必ず医療機関を受診してください。
腸炎ビブリオの性質と感染予防策
最後に、腸炎ビブリオという細菌の性質と感染予防策について述べていきます。ポイントは以下の5つです。食材は冷蔵保存する
腸炎ビブリオは20℃以上の海水中で活発に増殖します。なんと10分間で2倍に増殖するといわれています。この増殖スピードはかなり早いです。私が研究者時代に扱っていた大腸菌も増殖が早いですが、その2倍以上のスピードです。ただ、4℃くらいの低温では増殖することができません。感染予防のために最も重要なのは「腸炎ビブリオを増殖させないこと」です。そのためにも、食材は必ず冷蔵保存してください。
魚介類は調理前に水道水でよく洗う
腸炎ビブリオは海水を好みますが、真水の中では増殖できません。そのため、調理前には水道水でしっかり洗いましょう。加熱調理するときは十分に加熱する
腸炎ビブリオは60℃、10分以上の加熱で死滅します。加熱調理する場合は、食材の中心部までしっかりと熱を通しましょう。調理器具の使いまわしをしない
生の魚介類に触れた包丁やまな板などの調理器具は、使い終わったら必ず洗浄してください。熱湯やハイターなどで消毒しておけば完璧です。冷蔵庫の中を整理しておく
冷蔵庫の中で腸炎ビブリオが広がっていくことがあります。最も注意しなければならないのが漬け物です。腸炎ビブリオは海水を好む性質があるため、同じように塩分の多い漬け物の表面でも増殖しやすいのです。そのため、冷蔵庫の中で生の魚介類と漬け物が触れてしまうと危険です。その漬け物がテーブルの上に出されて室温に戻ると、腸炎ビブリオが増殖し始めてしまうからです。
冷蔵庫の中で生の魚介類が他の食材と接触しないよう、しっかりと整理しておきましょう。
ここまで述べてきたように、腸炎ビブリオは日本ではありふれた食中毒の一つです。また日本人は寿司や刺身などで生の魚介類を食べることが多いため、腸炎ビブリオに感染するリスクは比較的高いといえます。
食中毒は予防が重要なので、今回の内容をしっかりと把握しておいてください。そしてもし感染してしまった場合は、「脱水症状に注意する」「下痢止め薬は飲まない」「医療機関を受診する」の3点を守るようにしてください。